子規忌
- 公開日
- 2022/09/19
- 更新日
- 2022/09/19
お知らせ
9月19日は「子規忌」、俳諧人や歌人として活躍した 正岡子規 の忌日だそうです。
また、辞世の句に糸瓜(へちま)を詠んだことから「糸瓜忌」、獺祭書屋主人という別号を使っていたことから「獺祭忌(だっさいき)」とも呼ばれているそうです。
司馬遼太郎の「坂の上の雲」の主人公の1人でもある正岡子規は、慶応3年に現在の愛媛県松山市花園町に生まれ、明治35年9月19日に享年34歳で帰らぬ人となりました。
そんな正岡子規は、明治16年、上京。当時は政治家志望でありましたが、やがて文学者志望に転じたそうです。
明治25年、俳句論「獺祭書屋俳話」の連載を開始し、注目を浴びましたが、明治28年、日清戦争従軍後、帰国途中に喀血したそうです。
以後、永い病床生活に入るも、文学上の仕事は活発化し、翌29年には三千以上の俳句を残したそうです。
正岡子規は日本の近代文学において、俳句と和歌を刷新した人物だそうです。
これらの伝統文学は徳川時代末期にはマンネリズムに陥り、清新な気を失っていたのでありましたが、子規はそれを甦らせるとともに、新しい時代の文学形式としての可能性をも拡大したそうです。
彼の業績は弟子たちを通じて、今日の短詩型文学を根底において規定し続けているそうです。
正岡子規はまた随筆家としても類稀な才能を発揮したそうです。
晩年の三部作といわれる「墨汁一滴」、「仰臥満録」、「病床六尺」は、今日の読者をも魅了してやみません。
そんな子規は、20台のはじめに結核にかかり、それがもとで30歳を前にして病床生活を余儀なくされ、その生涯は病気との闘いだったそうです。
そんな正岡子規の生き方に、「生きるとは・・・」と考えさせられた9月19日でした。